アスペルガー人の心に潜む「天邪鬼」

アスペルガーの思考と生き様

アスペルガー人は発想や指向性が極端だとよくいわれます。
抗えない二元論的思考パターンが災いして、「完全にあり(100%)」か「全くなし(0%)」かという両極端な視点で物事を捉え、判定してしまうのです。
もちろん孤立型アスペルガー人である僕も「やり方や考え方が極端すぎる」と言われてきましたし、僕自身にもその自覚はあります。

それは、アスペルガー症候群による脳の機能不全が大きく影響していると思っています。
「白か黒」以外の幅広いグレー領域を受け入れ意識し続けるとなると、想定すべき可能性が無尽蔵に発生してしまうため、想定外の事態に陥るとパニックに陥るアスペルガー人の脳では対応しきれないのです。

一方で、グレー領域に目を向けない二元論的思考パターンは、選択肢を狭める代わりに自分の方向性がとてもクリアになるので、大小さまざまな意思決定がラクになるという面もあります。
特に自分のスキル開発や生活改善など、極端な発想の矛先が自分自身との闘いで完結するものであれば、アスペルガー特有の「超合理主義」や「自己完結思考」も手伝っていい方向に進むこともあります。

しかしその矛先が対人関係だったり自分の属する集団での活動内でのことだったりすると、周囲の人たちは多かれ少なかれ振り回されることになります。
基本的にアスペルガー人は無理をしてまで周囲に合わせようとしないからです。

それならアスペルガー人の極端な発想が周囲の方向性とうまい具合にマッチしている時はどうなるのでしょう。
金棒を手にした鬼のように、周囲に強力なベクトルとパワーを与える存在になれるのでしょうか。
残念ながらそうはなりません。
どうやらアスペルガー人の極端なこだわりの中には、どんな時でも周囲と迎合させない「天邪鬼」が潜んでいるようなのです。

個人主義が生み出した鬼「天邪鬼」

アスペルガー人は、自分にとって都合が良かろうが悪かろうが、周囲がどんな状況でもその中で個人主義を貫こうとします。
他人との共感や共有について感覚的に理解できていないので、集団の中では特に意識を自分に向けて立ち振る舞うしかないのです。

良くも悪くも独自の価値観で我が道を行くので、その特殊性や能力が周囲の羨望の的となればカリスマのような存在になり、そこに至らなければ浮いた存在になるか、最悪孤立してしまいます。
この振り幅も両極端ですが、僕は人生の各場面でその全ての立場を経験してきました。

もともと集団での活動に関心がないアスペルガー人は、浮いた存在になろうが孤立しようが攻撃さえされなければ問題としないので、そう簡単には個人主義をゆるめようとはしません。
それはできる限り想定内に物事を動かすための処世術でもあり、個人主義を貫くことで他人を不用意に寄せ付けないようにしているという側面もあります。

ただ、それが行き過ぎると「自分と同じ行動をとってくる存在に強烈な嫌悪感を抱く」という、人で溢れるこの世の中にあってはどうにも生き辛い状況を作り出します。
その逆もしかりで、自分が他人と同じ行動をすることにも強い嫌悪感を抱きます。
こうして「天邪鬼」は生まれるのです。

呆れるほどに人と違う行動をとりたがる

アスペルガー人の心に潜む「天邪鬼」は、何かに反応する際の原則のひとつになっていると言ってもいいほど、日常のあらゆる場面で姿を現し、自分の感情や行動に影響を及ぼします。
僕の場合は、たとえばこんな具合です。

  • 自分と同じ服を着ている人を見るとその場から逃げたくなる。
  • レストランなどで、自分が食べようと思っていたものを他人が先にオーダーすると、とっさに違うメニューに変えてオーダーしてしまう。
  • 自分と同じ方向に同じスピードで進む人や車に悪意を感じてしまう。
  • たとえ目的を達成できなかったとしても、人が好んで集まる場所には行こうとしない。
  • まじめにやれと教師に叱られると、授業を妨害し反抗しまくりながら、トップの成績を収める。
  • お世辞は言われれば言われるほど相手への警戒心が増してしまう。
  • 常連認定されて店員から話しかけられるようになると、その店には行かなくなる。

このような場面に遭遇した時に何かが心に引っかかるような思いになることは、多かれ少なかれ誰にでもあることかもしれません。
しかしアスペルガー人の場合はそれが怒りや反発のスイッチに直結しているため、普通の人のように「そりゃ気持ちいいことではないけど仕方がない」というレベルでは受け止められず、いちいち気分を害し、場合によってはその対象に露骨な嫌悪感を向けたりして場を壊してしまいます。

また対人関係以外でも、アスペルガー人は「場の空気が読めない」「暗黙の了解が通じない」といわれますが、これも個人主義が肥大して生まれた「天邪鬼」のなせる業です。
僕の通った道は、恥ずかしながらこんな感じです。

  • 女装趣味ではないのにレディースの服を着たり、結婚式では教会なのにタキシードではなく民族衣装を着たりする。
  • グループで観光地に行けば、グループとはずれた行動をとって周囲を混乱させる。
  • 堅い組織内での活動なのに、髪の毛を派手に染めて参加したりする。

皆が共有する場の空気や暗黙の了解に自分がどこまで漬かるかというのは、同調圧力ではなくマイルールが判定するのですが、そこはまさに「天邪鬼」という鬼の支配下にあるのです。

発想が極端なアスペルガー人が惹かれるもの

アスペルガー人は一風変わった物を好む傾向がある、とよく言われます。
それは僕自身にも完全に当てはまります。音楽、芸術、服飾、芸能などの感性の世界では特に、世間の評価を無視した独自の価値観で自分だけの宝物を見つけ出すことを至上としているため、自分の好みを普通の人に力説したところでまず理解してもらえません。
ですが、むしろそれでいいと思っています。
ここでも「天邪鬼」は無視できない存在になっているのです。

独自の価値観といっても、発想が極端なアスペルガー人が好むものはやはり極端で、意外性や変則性が際立ったものが多い傾向があります。
意外性や変則性を好むというのは「規則性、法則性のあるものを好む」というアスペルガーの代表的な特性と完全に相反するものですが、これは一種のカタルシスのようなものだと思っています。

意外性や変則性というのは、実生活においてはアスペルガー人の天敵ともいうべき性質です。
想定外の事態に対応できないアスペルガー人は、常に意外性や変則性を恐れ、それに備えることに細心の注意を払っています。
だからこそせめてエンターテイメントやフィクションの世界では、意外性、変則性のあるものを求め、それを見たり聞いたり表現したりして楽しんでいるのでしょう。
まさに、日常では受け入れられないものを安全な場所から眺めてカタルシス(精神の浄化)を得ているのです。

具体的な例でいうと、静と動の振り幅が大きすぎるX-JAPANのYOSHIKIさんは僕が子供のころから目が離せない存在ですし、女子力と凶暴性の振り幅が大きすぎるヒールレスラーの世志琥選手は僕の最近のトレンドです。
他にもたくさんありますが、有名どころで意外性(極端な二面性)が魅力のこの二人を挙げさせてもらいました。

このように「天邪鬼」の矛先が自分だけに向いていれば、なかなか理解されない代わりに誰にも邪魔されない、自分独自の能力や文化の開拓を手助けしてくれるので、決して悪いものではありません。

ただそれが周囲に向けられたその時、独善的でしかない反抗心や敵対心が生まれてしまいます。

アスペルガー人はもともと周囲と同調できない性質ではありますが、「天邪鬼」の発現によって、日常の些細なはずの出来事を他者への無意味な批判や攻撃へと転化させないように、常日頃から意識しておく必要があるのです。
それは怒りのスイッチに直結しているので、そのコントロールを意識することで、ある程度の改善は見込めると思っています。

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