実は騙されやすいアスペルガー人 /「諦めずに努力すれば、夢は必ず叶う」

アスペの魂が震えた言葉集

もはや誰もが知っている、あらゆる場面で目にする使い古された言葉ですね。
この希望に満ち溢れた断定的な言葉を、発言者の意図するところを素直にくみ取ろうとするならば、単に
「夢を叶えたければ諦めずに努力しなさいよ」
という、目標に向かって努力することの大切さを説いた言葉に過ぎません。

しかし敢えて額面通りに受け止めて検証してみると、面白い言葉のからくりが見えてきます。これは「アキレスと亀」のような、巧妙な言葉のパラドックスなのです。

まずこの言葉を聞いた時の率直な感想は「そりゃそうだろう」です。止まらなければどんなに時間がかかっても必ず目的地に到達することができるからです。
しかしその理屈だと、僕でも日本から北極まで平泳ぎだけで泳ぎ切ることができることになってしまいます。
そこに気づいた時に初めて「それは有り得ない」となります。

この言葉には、個々にあてがわれている能力と寿命が全く考慮されていません。
能力は時間をかけることで磨けるにしても限界がありますし、そもそもかけられる時間は無限ではありません。この重大な部分を完全に無視して断定的な言葉で表現することで、人に夢を見させているのです。

これはまさに詐欺師の所業です。
そして詐欺師めいた人物の放ったこの言葉に、若かりし頃の僕はまんまと騙されてしまいました。

実は騙されやすいアスペルガー人

アスペルガー人は、他人の感情や意図を会話や表情などから感覚的に察知する能力が低く、言葉をダイレクトに捉えてしまう傾向があるため、警戒心をといてしまうと簡単に騙されやすいという悲しい習性を持っています。

初めて「彼」と出会った時の衝撃は今でもはっきり覚えています。
彼は魅力的でエネルギッシュで、野心に満ちていました。話術で人を魅了する術に長けていて、従業員や取引先やその家族に対する慈愛に満ちた発言を惜しまないような人でした。
必要とあらばどこにでも飛んでいく行動力も常人離れしていて、夢や目標を声高に宣言し、そこに向かって着実に前に進み続けるその姿は、まさに開拓者でした。

彼と話をすればするほど、僕は彼に魅了されていきました。
「諦めずに努力すれば夢は必ず叶う。俺についてきてくれ。君を必ず幸せにする」
彼は自分の夢を熱く語った後、僕に向かって、本当にこう言いました。まだ青二才だった僕は、自分に足りない部分を全部持っているように見えた彼に、憧れの念を抱いてしまいました。
そして「この人について行けば間違いない」「この人のようになりたい」と完全に警戒心を解いてしまい、二つ返事で彼のもとで働くことを決めてしまったのです。

この時僕は重大なミスをしていました。言葉をダイレクトに受け止めてしまったことで、彼の胡散臭さを見抜けなかったのです。

アスペルガー人、ブラック企業に入社

入社してすぐに、僕は自分の選択が誤っていたことに気がつきました。
彼の会社は、取引先とのトラブルが絶えない、金回りは悪い、従業員は休日どころか睡眠時間すら充分に確保させてもらえないといった、絵に描いたようなブラック企業だったのです。

相手の都合などには目もくれずに痛い所を突いては利益を得ようとする彼のやり方に、取引先はどんどん疲弊していき、その人たちへの罪悪感と自分の状況の過酷さに、僕自身も日を追うごとに疲弊していきました。
久しぶりに会った母に「何か悪いものでも憑いてるような顔になっちゃってるけど、大丈夫?」と言われた時、全然大丈夫じゃないと我に返り、退社を決意しました。
彼と出会ってわずか半年後のことです。

退社の日にオフィスを出たあの瞬間の、地獄から這い出たかのような開放感は一生忘れません。このまま昇天しまうのではないかと思うほど強烈だったあの感覚は、自分の半年間を一瞬にして意識の隅に追いやりました。
そのおかげで、今となっては「いい勉強になったなあ」と他人事のように懐かしむことができます。

強烈な失敗体験から得たもの

類は友を呼び、彼の周りには彼を中心に似たり寄ったりの空気をまとった人が群がっていました。
皆どこか上から物事を俯瞰しているように見え、威圧感を滲ませた飢えた目で、常に何かを探しているような雰囲気がありました。そして最大の特徴は、人に近づくことに一切の躊躇も見せないことと、羽振りがいい姿と自分の交友関係の広さを臆することなく周囲にアピールし、とにかく自分を大きく見せようとすることでした。

こういう人が、人の屍の上で踊れる人なのだ。こういう人と関わってはいけない。
僕はそう強く心に刻みました。
当時はもちろん知りませんでしたが、このような「距離感の近すぎるマウント人間」は、孤立型アスペルガー人の天敵ともいえる人種ですね。

人はこのような強烈な失敗体験をすると、同じようなものへの警戒心をより一層強くするものですが、元来臆病で警戒心の強いアスペルガー人は特にその傾向が強く、その徹底ぶりも極端です。
僕はその後、あのような空気をまとった人を断固として遠ざけるようになりました。十年以上経った今でもその傾向は変わっておらず、仕事の依頼ですら断るほど徹底しています。
そして、人を評価する際はその人の行動のみを基準にし、その人の発する言葉にはほとんど意識を向けなくなりました。言葉は、それだけでは信用に値しない、ただの参考レベルの情報にしかならなくなってしまったのです。

おかげでそれ以降、人に騙されることはなくなりました。そのかわり、人に心酔することもなくなりました。自分に必要な人を遠ざけてしまったこともあるでしょうが、仕方ないことだと思っています。
アスペルガー人は対人関係で無理をし過ぎると、異常な攻撃性を発揮するか、もしくは自分の精神が壊れてしまいます。だから自分にどうしても合わない種類の人間は遠ざけておいた方が互いのためなのです。

その後その会社はリーマンショックの煽りを受けて倒産したと風の噂で聞きました。
彼は今どうしているんだろうと思うこともありますが、僕の知らないところで僕と関わりのない人生を歩んでくれればそれでいいです。

彼からフェイスブックの友達申請が来たことがありますが、もちろん華麗にスルーさせてもらいました。

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