アスペルガー人が極論に出会ったら /「表現したいものがあった時、表現しなければ、それは存在しないのと同じである」

アスペの魂が震えた言葉集

最初に言ったのが誰かは知らないのですが、芸術論や恋愛相談の場などでよく使われる言葉です。

本来の解釈は、
「何かを伝えたいという強い思いがあるのなら、自分から表現しなければ何も始まらないよ」
という、行動を起こせないでいる人に一歩踏み出す勇気を与えるための言葉で、芸術や恋愛の世界においては至極基本的な考え方です。

人は誰でも、自分の生き方を模索しながら毎日を生きています。
成功者や偉人が発した言葉、マンガや映画のセリフ、昔から伝わる教訓や格言などは、そんな僕達の背中を押してくれるありがたいものです。
しかし数ある名言の中には、物事の一面だけ捉えたものを、断定的な言葉で表現した極論も多いですよね。
もちろん極端に聞こえる言葉の裏に真理が隠されているのですが、そういうものにアスペルガー人が感銘を受けてしまうとおかしなことになってしまいます。

アスペルガー人には、言葉をダイレクトに受け止めてしまう悪い癖があるからです。

この言葉にアスペルガーの魂が揺さぶられるとどうなるか

僕はアートと呼ばれるもの全般が大好きだったから、この言葉はどこかの芸術論の中で目にしたものと記憶しています。

この、恐怖すら感じさせる断定的な極論にシビれた当時の僕は、この言葉を額面通りに自分の人生の中に取り入れてしまいました。それはどういうことかというと、生活のあらゆる場面で「自分の考えていることを隠さずに表現する」ことを全面的に正当化させたのです。
アスペルガー人にとってのそれは「場の空気や相手の気持ちを無視した言動」を正当化させるのと同じです。
アスペルガー人が無意識にやってしまうことを、僕は意識的にやっていました。

僕はダイレクトに受け止めたその名言に、正義を見出してしまいました。
人との会話の中での言葉足らずな部分だったり、遠慮や配慮による控えめな物言いだったり、アイコンタクトや阿吽の呼吸だったり、説明不足からくるちょっとした失敗だったり、表現が曖昧なものは全て正義のもとでの攻撃対象になりました。
隠さずに表現することが正義なので、目にしたものは目にしたまま、思ったことは思ったまま伝えてしまいます。結果、当然相手が耳にしたくないことも口走って、たくさんの人を傷つけしまいました。
場にそぐわない格好で周囲を呆れさせ、おかしな主張で場を凍らせたことも数知れません。
それを無意識どころか
「誰にでも何でも言えちゃうオレ」
「場に飲まれずに自分を主張できちゃうオレ」
を自ら演出していたきらいすらありました。もともと備わっていた資質が暴走しているだけだから、怖いものは何もありません。

これは完全にアスペルガーをこじらせた状態ですね。
これが原因で起こった数々のエピソードは、悲しい黒歴史となって今でも僕を居たたまれない思いにさせてきます。

断定的な極論は、自分向けに改定してみる

このように、アスペルガー人に対する断定的な極論は危険極まりなく、時に本人にとっても周囲の人たちにとっても寒々しい結果を招くことになります。こういう事態を極力回避するためにも、アスペルガー人が魅力的で断定的な言葉に出会ったときは、感動する前に一度立ち止まって、情緒や感情を介入させた自分用の言葉に置き換えてみることをお勧めします。
語調を変えずに、この言葉をアスペルガー人向けに変えるならば、こういう感じになるのでしょうか。

「表現したいものがあった時、受けとる相手のことをよく考えてから表現しなければ、それは存在する価値がない」

これをアスペルガー人が言葉通りに受け止めて日々意識することができれば、無駄に人を傷つけることも少なくなるかもしれません。もちろんこれは自分自身への戒めでもあります。

一方で、「表現の自由のもとに、他人が心から信じるものまでをも平気で貶めることを厭わない」という今の世界的な風潮に一石を投じる言葉にもなれるのではないか、と思ったのは僕だけでしょうか。

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