アスペルガーと恋愛 / そもそもアスペルガー人に恋愛はできるのか?

アスペルガーの思考と生き様

自分がアスペルガーであることを自覚してからというもの、僕はその特性と付き合いながら生き辛さを軽減させるために、改めるべきところを矯正する意識改革をしてきました。

感情のコントロールや無神経な言動など、ある程度改善の兆しが見えたものもある一方で、独自の生きやすさ追求の代償として諦め切り捨てたものもあります。
そのひとつが恋愛でした。

恋愛をして、自分にない発想や共に過ごす時間やその他色々なものを共有することで、一人の世界では得られないものが得られることは間違いありません。恋愛をすれば経験値は確実に上がります。
しかしアスペルガー人が他人と近い距離感で付き合っていくには、解決させなければならないたくさんの問題があります。

果たしてアスペルガー人は、まともに異性と恋愛ができるのでしょうか。
そのことに改めて向き合う機会があったので、ここで共有したいと思います。

アスペルガー人が恋愛するうえでの高いハードル

  • 個人主義・自己完結意識
  • マイルール・マイペース
  • 超合理的・論理的思考
  • 完璧主義
  • 共感力のなさ
  • 直接的すぎる言動
  • 偏執的なこだわり

これらはアスペルガー人が抱える「社会性の問題」や「コミュニケーションの問題」の原因としてよく挙げられる特性です。
孤立型アスペルガーである僕もかなりハードな形でこれらを有していて、それによる失敗は数えきれないほどあります。

僕は一度結婚し、離婚しています。
当時は自分がアスペルガーである自覚がなかったので分からなかったのですが、僕がかつて過ごした結婚生活は、他人との共同生活で求められる協調性や共感力と、これらのアスペルガーの特性との葛藤の連続だったように思います。
結果、互いにストレスをため合うような関係になってしまい、破綻したのです。

その後、アスペルガーを自覚してから自己分析をもとに生きやすさを追求していくうちに、個人主義に代表されるこれらの特性は、人を無駄に傷つけない範囲内であれば矯正するよりもむしろ貫いた方が自分にとって生きやすい、という結論に達しました。

こうして「生きやすさ」のために自分の領域の確保を優先させた僕にとって、精神的にも物理的にも自分の領域を確保しきれない恋愛や結婚は、今後の人生において切り捨てるべき対象となったのです。

そして、同性異性を問わず友人関係なら、互いの実生活やこだわりの領域には余程のことがない限り介入することはないので、そっちに意識を向けて自分の外の領域を充実させようと思い、実践してきたのでした。

しかしそんな僕にちょっとした転機が訪れます。
僕と恋愛したいという人が現れたのです。

恋愛に発展しそうな状況で、自分の心の動きをモニタリングしてみた

その人は印象も良く、何より僕の個人主義やマイルールの存在に理解を示したうえでのことだったので、僕の心は揺れました。

初めはのらりくらりとかわしていましたが、その人の熱意に押されていくうちに、アスペルガーを少しでも改善させようと意識改革をしてきた僕が、どれだけマイルールに対して柔軟になったか、どれだけ自分の領域に他人を介入させられるようになったのかを試してみたい、という気持ちになっていったのです。

そして、その人を恋愛対象として受け入れる心の準備を整えながら、
「前の失敗は繰り返さないようにしよう」
「これを機に他人のために生きるフェーズに突入できるのかな」
などと、さらなる成長を期待してみたものでした。

しかし現実はいつも残酷です。そんな期待は、些細すぎる出来事で簡単に崩壊しました。
ある夜のLINEでの会話です。

 僕「今週の土曜ウチに来ない?」
相手「誘ってくれてありがとう!行く行く!」
 僕「その日は午後から空いてるから適当においでよ。何時に来られる?」
相手「何時に来てほしい?」

このやりとり、一般的には男女の普通の会話だと思います。
しかし僕はこのやりとりで、相手に対して盛り上がり始めていた気持ちが一気に冷めてしまいました。

「この人、おれのペースに合わせようとしてくれてるんだろうな」と思う反面、「質問してるんだからその質問に答えることこそが”合わせる”ことなのに何でそこに気づかないんだろう」と思ったら、全てが面倒臭くなってしまったのです。

理不尽冷めです。分かっています。
こんな些細な事なのにイライラを通り越して全てが嫌になってしまうこの感じは、アスペルガー独特の思考回路だと思います。

以前でしたら、イラっとした気持ちを全面に出して
「質問に質問で返すなよ」
「午後適当においでって言ってるのに午後なら何時でもOKだって分からないの?」
「ごめん、もういいわ。別の日にしよう」
というようなことを言って場を壊していたと思いますが、理解されないのは分かっているので、その時は自分の気持ちは隠して穏便に時間を指定しました。

そしてそんな自分の気持ちに呆れつつ、心の中で呟きました。
「こんなんじゃ恋愛なんて一生無理だろ」と。

結論。平穏に生きたいのであればアスペルガー人は恋愛をしない方がいい

その人は、行く時間を僕に決めさせることで、僕のペースを尊重しようとしたのかもしれません。
もしくは、午後という広い枠の中から僕が何時を指定するかで僕の心を探っていたのかもしれません。
さらにもしかしたら、雑談のように言葉のやり取りをただ楽しんでいただけなのかもしれませんし、何かを決定する立場をただ避けたかっただけなのかもしれません。

もちろん真実は永遠に謎ですが、そのいずれにしても「そういうのはいいから」と強く不快に思ってしまう自分がいました。
会う約束をするという単純なはずの話すらスムーズに進まない展開に思考が止まり、今後もこういうのが続くのかと思ったら一気に夢から覚めてしまったのです。

もともと恋愛そのものに消極的だったことも影響しているとは思いますが、これは、人の気持ちが理解できないところに超合理的思考と分析癖が加わって、さらに二元論的な諦めの早さが追い討ちをかけた、アスペルガーの悪い特性の現れです。

おそらく普通の人は、何も気に病むことなく会話の流れに乗っかって相手を立てるのでしょう。
会話の中にも合理性や目的意識を重んじるアスペルガー人は、雑談が下手だとよく言われます。
問題のやりとりも、日常にありふれた些細な会話の一コマに過ぎないはずなのです。

しかしアスペルガー人の恋愛は、程度の差は人それぞれとはいえ、だいたいこんな感じです。
「友人関係のような適度な距離感」が保てない関係性であるがゆえに、相手には理解できないほどの些細な違和感に反応して、あれこれ分析し、合理的な思考のもとで正論を導き出し、勝手に気分を害してしまうのです。
それを相手に伝えようものなら、その意味不明さと攻撃的な物言いで、相手を混乱させ傷つけてしまいます。

このように、アスペルガーである僕が、自分の心をモニタリングしながら恋愛の導入期間を体験してみたところ、
「やっぱりアスペルガー人は恋愛に向いていない」
という、完全に振り出しに戻る結果となりました。

相手に非がないので申し訳なく思う一方で、だからこそ自分は不用意に恋愛に手を出してはいけないのだと改めて思い知らされたのでした。
本格的な恋愛関係に突入する前でよかったと思っています。
また無駄に人を傷つけるところでした。
まだまだ修行が足りないようです。

COMMENT

  1. 六川 より:

    こんにちは

    おっしゃることはすごく良くわかります
    しかし、あえて自分の意見を述べさせてもらえば
    「アスペルガーは(日本人との)恋愛に向いてない」でしょうか

    自分もかつてそうでしたが、せっかく交際を始めてもマイルルール、完璧主義、共感力のなさ(文中に挙げられてる例ほぼ全て)などにより、徐々に愛想を尽かされ当然の如く関係は解消へと向かいます
    こういうことを繰り返すうちに、自分は結婚をしてはいけない人間だと固く信じるようになるのですが、それでも女性との恋愛や結婚には少なからず慕情のようなものが残っていました

    月日を経て何の因果か今はタイ人女性と所帯を持っていますが、価値観の相違を始めとして問題山積みであるものの、もともとタイ人自体が(日本人から見ると)アスペ人のためか、それとも子供の頃からタイ人は周囲にありふれている(日本人の感覚からすると)アスペ人に馴染んでいるからかは分かりませんが、結婚生活は破綻もせずにほそぼそと続いています
    良い意味で自分の妻は夫である自分に無関心であり、これは良い面だけを見て悪い面には目をつぶってくれているのだと解釈しています

    日本を出ると分かりますが、海外には空気が読めず自分勝手な人がゴマンとおり、日本では確実に爪弾きに遭うであろうこうした人達に対しても他者は尊重し個性として認めてくれます
    特にタイ人はこうした傾向が強いように思えます
    そこで、もしアスペの傾向があるものの恋愛・結婚願望を抱く日本人男性は、コミュ力に長けパートナーに対して共感や同情を当然のごとく求める日本人女性ではなく、相手の個性を認めながらも自分の個性と切り離して付き合ってくれる海外の女性に目を向けるのも一法かと思います

    • じゅうたろうじゅうたろう より:

      こんにちは。コメントありがとうございます。

      確かに日本人の同調圧力にはうんざりしますよね。日本にいる時から感じていましたが、海外からメディアを通して見るようになって更に強く思います。

      最高の恋愛を夢見て追い求めるのは、人間の本能という側面もあるにしろ、メディアに露出して活躍しているトップミュージシャンに憧れてそれを目指すのに似ているように思います。
      互いに文句のつけどころがない恋愛関係を享受しているカップルがいるのなら、それはトップミュージシャンと同様、運(理想通りのパートナー同士が出会う)と実力(恋愛に適した性格)とを兼ね揃えた、ほんの一握りの、まさにピラミッドの頂点付近の人たちです。

      僕の見てきた範囲ではありますが、その他の大多数のカップルは皆、大なり小なり満たされきれない何かを抱え、妥協の上に成り立っているように見えます。
      それでも関係を維持することが幸せだと思うか、そこで努力するより別の生き方を選ぼうと思うかは人それぞれですが、僕の場合は後者でした。

      僕は自分の生きやすさ追求のために人生から「恋愛」を切り捨ててからというもの、追い求めるままに自分の精神的・物理的領域を作り上げてきました。
      それがあまりにも理想通りに出来上がってしまったがために「恋愛は完全に不要」という価値観が定着してしまったので、恋愛に対する慕情のようなものはなくなってしまったのです。

      もう十分に経験させてもらったしこれ以上はもういいだろう、と。

      これが人間として正しい在り方ではないことは承知しています。
      タイ人を含めた外国人女性と仲良くなったら、また違った価値観が得られるかもしれませんね。

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